人生もお金も海外分散する話

日常生活、海外生活、資産運用など思いつくまま語るブログ

Sに捧ぐ

その日の夜は、雨が降っていました。”今日雨降るなんて言ってたっけ?”、そんな会話を交わしながら、同僚たちとの楽しい食事会を終え、それぞれが足早に帰って行きました。本当に、楽しい夜でした。寝る前に、1通のメールを見るまでは・・

 

ほとんど眠れないまま朝を迎えました。出社後すぐに部下達を集め、その事実を告げました。声にならない悲鳴を上げる人、すぐに俯いて涙を流し始める人、茫然自失となり涙を拭おうともしない人・・。

 

彼女は、末期ガンでした。昨年の秋、主治医からなす術がないと告げられ、腹水に苦しむ彼女を抱き締めて、二人で泣きました。”短い人生でした、でも楽しかった、これ以上人に迷惑をかけないよう、ひっそりと逝きたいです”、と言う彼女に私は、医者にだって間違いはある、まだ諦めちゃだめだ、と語りかけました。その一方、最悪の事態を覚悟しました。抱き締めた彼女の体は、はっきりと骨格が分かる程、ガリガリにやせ細っていたのです・・・。その場を離れトイレに籠り、独り号泣しました。仲間達には、ガンが再発した事を黙っていて欲しい、と。それが彼女の望みでした。

 

その後セカンドオピニオンを受け、別の抗ガン剤治療を開始しました。抜ていも抜いても溜まる腹水を抱え、抗がん剤治療を受ける。1日に20回も吐き、ほとんど何も食べられない。それでも彼女は、会社に来続けました。家で一人でいるより、会社に来てみんなと会っていた方が楽しいから、と。打ち合わせをしてもまともに座っていられず、こみ上げる吐き気を我慢している彼女に、もういいから、お願い、家に帰って休んで、と言っても、嫌だと言う。仕事をする事、仲間達と時間を過ごす事が、彼女を支えていました。会社の仲間達は、第2の家族だったのでしょうね。決して人を悪く言わず、いつも人の心配をして自分の事は後回し。彼女ほど思いやりに満ち、他者から愛される人を、私は他に知りません。

 

自分に出来る事は何だろう、と考えました。それは、一つでも多く楽しい時間を作ってあげることなんじゃないか、と。下手な冗談を言って笑わせて、開腹手術をしたお腹の傷に触るかもしれないのに、それでも日々、彼女を笑わせました。お腹を庇いながら笑っていたので、出血した事もあったかもしれません。私の我が儘だったのかもしれませんが、彼女の笑顔を見続けていたかった。楽しそうに笑う彼女を、ずっと見守っていたかった・・・。

 

最後の最後まで、会社に行きたい、みんなに会いたい、と言っていました。しかし、本人がいくら希望しても、会社はリスクを考えねばなりません。上長らは内外の医者の意見を聞き、苦渋の決断で出勤停止を命じました。

 

それから3ヵ月。あっという間でした。時々、プライベートアドレスにメールをして、彼女の無事を確かめていました。2月に入り返信がなくなり、とても心配していました。そんな折、訃報を受けました。私が最後にメールを送信した日の、翌日の事でした・・・。

 

”人生は二度とない。残された自分達が今を楽しく生き抜く事が大事だと実感している”。ある方が、こんな言葉をかけてくれました。大切な人を亡くされた方の言葉は、深く深く、心に響きます。

 

生きられなかった彼女の分も、精一杯生きて行く。それが、我々に出来る唯一の、彼女への弔いだと思います。誰にも迷惑をかけずひっそりと消えたいと言った言葉通り、お通夜や告別式への参列を固辞。彼女の遺志を尊重し、私は天に向かってそっと手を合わせました。

 

Dear my friend, may your soul rest in peace.

天国のSに捧ぐ。